Yuri’s Story

自分には才能がないと思い込んだ、10

父親が画家、母親は専業主婦、7歳年上の兄と4人家族。父親のDNAを受け継いだのは私の方で絵を描いたり、物を作ったりするのが大好きな子供でした。中学生までは洋服のデザイナーか漫画家になりたいと思っていましたが、ある時父が幼稚園の時に描いたという「馬」の絵を見て愕然とします。とても小さい子供が描いたとは思えないほどの絵だったのです。それを見た時に「才能というのはこういうことを言うのだ」と、自分にはアートの才能は無いと思い込み、夢を封印したのでした。そこから将来の夢はなくなり、アルバイトに明け暮れる日々。高校生になってからはアルバイトをして自分でお小遣いを稼ぐ、仕事の楽しさを覚えた気がします。

離婚をキッカケにデザイナーを目指した、20

21歳で結婚し5年後に離婚。そこから一人暮らしを始めて手に職をつけて自立して生きようと考えます。
当時はまだオフィスにコンピュータが普及されていない時代。これからはコンピュータの時代だと思いMacを覚えて、本当にやりたかったグラフィックデザイナーの道を目指します。30代に差し掛かっていましたので、今頃目指してなれるものなのか不安でしたが、ここでやらないと後悔すると思いDTPオペレーターから始めて少しずつグラフィックデザイナーの方向に進みました。

途中、お給料の良さや居心地の良さに負けてデザイン以外の仕事に就いたり、独学だったので非常に遠回りでしたが、様々な会社を経験できたのは良かったと思っています。

お金も仕事もない不遇の時代から風水で大逆転した、30

派遣社員でDTPデザイナーとして働いていましたが、仕事が無い時もあり、貯金を食いつぶして親に借金をするまでに。お金も仕事もなく八方塞がりの時に「風水」と出会います。風水術はお金がなくても出来るのでとにかく藁をもすがる思いで飛びつきました。アルバイトを掛け持ちして長いこと働いていましたが、徐々に運気が上がり、大手企業のデザイン部に派遣社員として登用されます。とにかく仕事漬けの30代でした。

会社員と将来の理想とのギャップに悩んだ、40

その大手企業の正社員となり、ダブルワーク生活を卒業。収入は最高値になりました。都内に新築マンションを買うこともでき、お金が無かった時代からは想像もできない状態になりました。インハウスのデザイナーですから所詮普通の会社員です。理不尽なことも多くあり、精神を病んだこともありました。定年までここに居るのは嫌だという気持ちが次第に生まれてきました。デザイナーの仕事は好きだけれど、もっと自分の能力を発揮して、周りの人を幸せにできることはないのか、誰かの役に立てる仕事で自分らしく生きたい、そう思うようになり、それなら自分を救ってくれた「風水」で独立しよう。そんな思いが芽生えた時期でした。

コーチングと出会い再チャレンジした、50

独立したいと思いながらも、安定した収入や環境を手放す勇気がなく時間はどんどん過ぎていきました。そんな時「早期退職者募集」があり、このチャンスを逃したら辞められない!と思い退職。そして風水カウンセラーとして独立します。当初起業塾へ行ったりHPを作ったり、お金と時間をかけてやっていても中々上手くいかず、モヤモヤしていた時「コーチング」と出会います。コーチングで自分が理想としている未来が何なのか?ゴールが明確でないまま走っている自分に気づきました。

コーチングの技術を取り入れれば、お客様にもっと寄り添って風水の効果も出しつつ長きに渡りサポートできると気づき、風水で開運しながらコーチングで目標達成するオリジナルの「開運コーチング」というサービスにたどり着き現在に至ります。